倉敷美観地区のあるエリアは、江戸時代に天領地(幕府の直轄地)として物資輸送の集散地として、また急速に進んだ新田開発の中心地として繁栄しました。有力な町人層が現れ、人口が急増していく中で、美観地区の特徴である本瓦葺塗屋造の町屋と、土蔵造りの蔵を中心とした街並みが形成されました。
慶応4年に代官所が廃止され、明治維新によって社会が大きく変わっていく中で、町にはモダンな洋風建築も建てられるようになり、現在見ることができる特徴的な街並みが出来上がりました。
戦前から町並みを保存しようという声はありましたが、本格的に保全活動が始まったのは戦後です。倉敷市では、昭和43年に倉敷市伝統美観保存条例、昭和53年に倉敷市伝統的建造物群保存地区保存条例、さらに平成12年には倉敷市美観地区景観条例を制定するなど、全国でも早い時期から町並みの保全に取り組み、地域が一丸となってその文化的な価値を高めています。







